2014年12月14日日曜日

福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性



渡辺悦司 遠藤順子 山田耕作  2014年10月13日

この小論の目的は、各研究機関や大学の研究者たちによってすでに発表されている研究成果に基づいて、また民間市民団体などの調査によって明らかにされている事実に基づいて、福島第1原子力発電所の事故により放出された放射性物質の微粒子形態を分析し、放射性微粒子(一般に「ホットパーティクル」と呼ばれている)が人体に侵入する経路と内部被曝によって人体に及ぼす特別の危険性を解明することにある注1。
チェルノブイリ事故では、事故後2年半が経過した頃から、健康被害が急速に顕在化したといわれている。アメリカの週刊誌『タイム』は、チェルノブイリ事故四周年にあわせて、ウクライナ汚染地区の医師を取材している。その証言は、「過去18ヶ月間に」(すなわち事故から2年半経過したとき以降)、①「甲状腺疾患、貧血症、がんが劇的に増加した」、②「住民は、極度の疲労、視力喪失、食欲喪失といった症状を訴え始めている」、③「最悪のものは、住民全体の免疫水準の驚くべき低下である…健康な人々でさえ病気が直りきらずに苦労している」、④「子供たちが最悪の影響を受けている」というものであった注2。
その経過をたどるように、現在福島第1原発事故から3年半以上が過ぎ、福島と日本各地において事故による健康被害が広範囲に顕在化しつつある。メルトダウンと放射性物質の放出から始まり、内部被曝による健康被害にいたるまでには一連の過程がある。その経路を可能な限り具体的かつ全面的に解明することが、今ほど重要になっている時はない。われわれの論文が、、「被曝の具体性」(矢ヶ崎克馬氏)を明らかにする共同作業の一環を担うことができ、福島原発事故の放射能による健康被害を明らかにするための一助となれば幸いである。

 われわれは、経済学者、医師、物理学者からなるチームであるが、本論文を作成するに当たり、各方面の多くの方々から協力や情報提供をいただいた。薬剤師の渡辺典子氏には、本論文に関わる薬学・医学関係の内容を提供していただいた。数値計算が専門の「市民と科学者の内部被曝問題研究会」小柴信子氏には、重要な図の作成やデータの加工などで論文作成にご協力いただき、加えて貴重なご意見や情報を提供していただいた。生物無機化学者であり同研究会員でもある落合栄一郎氏には、重要な論点について討論していただき、意見を寄せていただいた。そのほか、産業医学センターの広瀬俊雄医師、神戸大学の山内知也教授には、われわれの問い合わせに快く回答をいただいた。とくにご協力いただいた方々をここに特記して深く感謝の意を表します。もちろん、本論文の内容についての責任はすべて筆者らにあることはいうまでもありません。


目 次                  (ページ)
1.放出された放射性微粒子に関する主要な研究成果   …………………… 4
1-1.予備的考察    …………………………………………………………… 4
1-1-1.放出の諸形態    …………………………………………………… 4
1-1-2.炉心溶融の温度メカニズム    …………………………………… 4
1-1-3.微粒子形成の条件としての超高温――再臨界    ……………… 6
  1-1-4.放射性微粒子の諸形態および形成諸過程    …………………… 9
1-2.観測時期ごとの研究の概観    ………………………………………… 9
1-2-1.事故がピークにあった2011年3月14/15日、3月20/21日
に採取されたサンプルに基づく分析   …………………………… 9
1-2-2.同じく2011年3月14/15日に採取されたサンプルに基づく
分析(つづき)    ………………………………………………… 12
1-2-3.爆発後の2011年4月4日から11日までに採取されたサン
プルに基づく分析    ……………………………………………… 13
1-2-4.2011年4月28日から5月12日までに採取されたサンプル
による分析   ……………………………………………………… 14
1-2-5.2011年6月6~14日および6月27日~7月8日に採取され
た土壌の調査   …………………………………………………… 15
1-2-6.事故のピークを過ぎた2011年7月2日から8日までに採取
されたサンプルの分析   ………………………………………… 16
1-2-7.2012年頃から現在まで:「黒い物質」と呼ばれている黒色の
粉塵   ……………………………………………………………… 18
 1-3.以上から導かれる結論   ……………………………………………… 20

2.放射性ガス・微粒子の人体内への侵入経路  …………………………… 21
2-1.タンプリン、コクランによる問題提起  ……………………………… 21
2-2.1969年の日本原子力委員会(当時)の報告書  …………………… 22
2-3.内科学および薬学の教科書による肺内沈着の説明   ……………… 24
2-3-1.『内科学書』(中山書店)の叙述   ……………………………… 24
2-3-2.吸入薬の使用法についての薬剤師向け教科書の記述   ……… 24
2-4.肺内に沈着した放射性微粒子による内部被曝の危険   …………… 26
2-5.とくにナノ粒子の危険   ……………………………………………… 28
2-6.放射性微粒子による内部被曝の特殊性、集中的被曝とその危険  … 28
2-7.放射線の直接の作用と活性酸素・フリーラジカル生成を通じた
   作用(「ペトカウ効果」)  ……………………………………………… 30
2-7-1.放射線の直接的影響    …………………………………………… 30
2-7-2.放射線の間接的影響    …………………………………………… 31
2-7-2-1.生物無機化学からのアプローチ   ………………………… 31
2-7-2-2.医学からのアプローチ    …………………………………… 32
[がんをはじめ広範な疾患を引き起こす]     …………… 32
[心臓疾患]     ……………………………………………… 34
[白内障]    ……………………………………………… 34
[精神障害]   ……………………………………………… 35

3.再浮遊した放射性微粒子の危険と都心への集積傾向  ………………… 36
3-1.福島など高度の放射能汚染地域における疾患の増加   …………… 36
3-2.東京圏における放射性微粒子による汚染   ………………………… 38
3-3.東京圏への汚染集積の諸要因   ……………………………………… 41
3-3-1.福島事故原発の工事による放射性物質の放出   ……………… 41
3-3-2.焼却施設からの放射性物質の放出   …………………………… 41
3-3-3.物流・交通機関による放射性物質の運搬と集積   …………… 42
3-4.東京圏住民の健康危機の兆候は現れ始めている   ………………… 43
  3-4-1.がん発症の増加   ………………………………………………… 44
3-4-2.白内障と眼科疾患の増加   ……………………………………… 45
3-4-3.住民とくに子供たちの健康状態の全般的悪化と免疫力の低下   47
 3-5.精神科医の見た原発推進政策の病理   ……………………………… 48

4.おわりに  …………………………………………………………………… 49

注 記  ………………………………………………………………………… 50






1.放出された放射性微粒子に関する主要な研究成果

1-1.予備的考察

福島原発事故自体についても、事故によるメルトダウンと爆発、放射性物質の放出についても、その詳しいメカニズムは解明されていない。それだけでなく、政府も東電も、事故に関する基本的な重要データの多くを公表していない。放射性粒子の形成と飛散についても事情はおなじである。このような状況下ではまず、政府側を含めた各研究機関が公表している研究とそこで観測された事実を多少詳しく概観しておく必要がある。ただその前に、予備的に次の点を確認しておこう。

1-1-1.放出の諸形態

事故原発からの放射性物質の放出には、少なくとも3つの形態(大気中・汚染水中・直接海水中)があるが、ここでは大気中への放出のみを問題にする。福島から大気中に放出された放射性物質は、種々の形態を取っており、その主要なものは、①破砕された燃料棒および炉構造材のがれき、破片、粉塵(ミリ単位かそれ以上)、②微粉塵あるいは微粒子(ミクロンµm単位およびナノnm単位)、③気体(ガス)であった。①については、その多くが原発敷地内かその数キロ程度の範囲内注3に落下した可能性が高いが、強風で遠方に飛ばされる可能性もあり、きわめて危険で重要な放出形態であるが、ここでは取り扱わないこととする。広範囲に飛散した②③だけに問題を限定する。また気体③として出たものが冷やされて微粒子②に変化した条件も考察する。

1-1-2.炉心溶融の温度メカニズム

微粒子の検討にはいる前に、その前提となる炉心溶融(メルトダウン)の諸条件を検討しよう。放射性微粒子の形成の主要経路は、①固体の放射性物質の破砕、②熔解した放射性物質の飛散、③熔解からさらに進んで気化した放射性物質の冷却による微粒子の形成、が考えられるが、③が主要なものと思われる。つまり、炉心溶融では物質の融点が問題になるが、微粒子形成にはあわせて沸点が問題になるということである。ただここでは微粒子形成に必要な条件だけを簡単に検討するだけにし、事故自体の詳しい考察には立ち入らない。炉心溶融に関連する各元素の溶融の温度プロセスを図1に、主要各元素の融点と沸点を表1に掲げてある。

図1 炉心溶融の温度メカニズム(温度は絶対温度Kで表されている)

(注意)K = ℃+273.15 あるいは ℃ = K-273.15である。
工藤保「原子炉の炉心溶融」日本原子力開発機構(2011年6月6日)より引用した。
http://jcst.in.coocan.jp/Pdf/20110606/1_CoreMeltDown.pdf

炉心溶融については以下の点を確認できる。
炉心溶融(メルトダウン)によって核燃料およびその中に含まれていた放射性生成物は高温の液状となったが、その温度は、ジルコニウムの融点1855℃(2028K、ジルコニウムが酸化していない場合、ジルコニウムが溶解すると二酸化ウランは共に溶解する)を越え、さらに二酸化ウラン・酸化ジルコニウム共晶(ジルコニウムが酸化している場合)の融点である2527℃(2800K)、あるいは二酸化ウラン単体では2865℃(3138K)に達し、おそらくはそれらを超えた注4。
炉内での核反応を止める役割を果たした制御棒(銀・インジウム・カドミウム合金)は、燃料棒よりも顕著に低い温度827℃(1100K)で溶融し、燃料棒よりも時間的に早い段階で溶け落ちてしまっていたことになる。すなわち、メルトダウンの進行の早い段階で原子炉内には、再臨界への歯止めがない状態が生じていた可能性が高いということである注5。
メルトダウンを引き起こした熱源は、主に、核燃料の崩壊熱と考えられてきたが、合わせて水・ジルコニウム反応による発熱も考えられている注6。
メルトダウンによって原子炉が破損し炉の密封性が喪失したので、キセノンなどの希ガスは空気中に飛散した。沸点の低い放射性物質は気化してガス状となった(セシウム、ヨウ素は制御棒が融解し始める以前に、ストロンチウムは被覆管が熔解し始める以前に)。
メルトダウンの後に生じた爆発は水素爆発とされているが、それだけではない可能性が高い。水蒸気爆発が生じて炉心溶融物が吹き上げられたことも考えられ注7、また炉心溶融物とコンクリートとの相互作用による水素・一酸化炭素爆発が生じた可能性も指摘されている注8。
後述するが、最近、事故当時採取された放射性微粒子が、セシウムだけでなく、ウラン、ジルコニウム、モリブデンなどの原子を均一に含む合金・ガラス状の球体であることが解明された。このような配列は、これら金属が沸点を越えて熱せられ気化したことを示している。セシウム以外のこれらの金属の沸点は非常に高いので、爆発によってあるいは炉心溶融物内で、温度がメルトダウンの温度(上記2865℃)を大きく超えて上昇し、最も高いモリブデンの沸点である4639℃以上の高温になった可能性が高い。
水素爆発の火炎温度は、空気との反応で2040℃(酸素だけとの反応でも2660℃)でしかなく注9、このような高温を生じることができない。

1-1-3.微粒子形成の条件としての超高温――再臨界

それができるのは核爆発・再臨界だけであると考えるのが自然であろう。微粒子の分析の結果によれば、再臨界あるいは核爆発が生じていたであろうことは、ほぼ否定できない(とくに3号機、おそらく1号機も)といえる注10。この結論は、原子炉建屋上部の鉄骨が溶けて曲がりさらには溶け落ちるほどの熱が生じていたこと、当時中性子線が観測されていたこととも合致する。
おそらく各種の爆発(再臨界・核爆発、水素爆発、一酸化炭素爆発、水蒸気爆発)が、重なり合って生じたか、あるいは別々に何回にも渡って生じた(東電が公表していない爆発も含めて)と考えるのが自然であろう。また大規模な爆発にいたらない部分的な再臨界も生じていたかもしれない。爆発の各形態を対置・対立させて考え、あれかこれかという議論をするのは、合理的ではない。爆発形態が一つだけということは考えられず、また一つの爆発形態の存在が他の爆発形態の存在を否定する(あるいはその可能性を排除する)論拠にはならない。
放射性微粒子の中に検出されたこれらの放射性核種および原子炉構成物は、この高温によって気化したと考えるべきであろう(表1)。これらは、希ガスやヨウ素の大半を除き、大気中で冷却されて固体に戻り、集まって微粒子を形成し、さらに高温のプルーム中で、焼鈍された注11と考えられる。これらの点で、福島事故で放出された放射性微粒子は、劣化ウラン弾の着弾時に生じる超高温中(最高6000℃にまで達するとされる)で形成・放出される放射性微粒子と類似しているといえる注19。


表1 主要な放射性物質・原子炉構成物質の融点と沸点(沸点の高い順に)




0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。