2014年9月11日木曜日

これは解りやすい!!!→東京電力 = デマ野郎!!大竹まこと×上杉隆

東京電力 = デマ野郎!!  大竹まこと×上杉隆


大竹:日本の報道・メディア、それは正しくものを伝えているのかということを上杉隆さんに伺いたいのですが。

上杉:残念ながら311.震災以降は正しく伝えていないということが明らかになってしまいましたね。
実際は前からそうだったんですが、勿論正しいこともあるんです。体系は正しいんですが、肝心なことで正しいことが伝えられなかったってことは、やはりメディアが機能不全というか、逆機能ってことですよね。

大竹:あのー、Twitterとか色んなところで出てきてますが、メディアが正しいことを報道してないとしたら、どんどん信頼を失っていきますよね?

上杉:そうなんです。でも日本には不思議なことにですね、日本には記者クラブというものがあって、
これを話すと3時間あまりかかりますから、省略しますが、要するにみんな洗脳されてるんですよ。
つまり、新聞が正しい、TVが正しいって育ちますよね。
特に新聞、TVに出ますとか。NHKは間違いを起こさないと。
一方でインターネットとかフリーランスの記者とか雑誌はいんちきが多いとこういう風にみんな思ってるんですよね。
でも、やはりどのメディアにせよ、同じ人間が作っているので、正しいこともあれば間違いもある。間違いもあれば正しいこともあると。
でも、残念ながらこの311、たとえばですね、それ以降の報道で、最初は皆さん、
デマに惑わされないで下さい。
格納容器は健全に守られています。
放射能は飛びません。
ただちに健康被害はありません。
皆さん信じましたよね。
3月思い出すと。全部メディアがやったんです。
でも、それを信じた人はどうなったかというと、残念ながら被曝してしまったんですね。
東京も3/15日 23日、環境基準の何十万倍という放射能が飛んできて、
まぁ、少なくとも外部被曝はしてると。
その後も内部被曝。ということで食物とか飲料で飲んでいて、今、日々、低被曝ですけど、被曝してるんですね。
暫定基準値というものを勝手に作ってですね3月11日以降、元々の約束じゃなくて、新しく事故が起こって作ったんですよ。

大竹:僕はこの番組で、ずっと、そんなものは暫定基準でもなんでもない、都合だろうと。
都合値だろうという発言をしてるんです。それだって、今まであったこの安全基準1mシーベルトが急に20倍になるのはおかしいし、作業員の方があの中で100mmで駄目だといわれていたのが急に250mmまで大丈夫だと急に言い出すのはおかしいものね、どう考えたって。

上杉:だからそういうのをどの国もやっぱメディア、ジャーナリズムが機能して、「いや、政府の言っていることは、東電の言っていることはちょっとおかしいんじゃないか?」って報じるのがメディアの役目なんですね。

大竹:どうしてそういう風に記者クラブがあって報道できないの?

上杉:出来なかったんですね。まず、記者クラブというのは習性として横並び。

つまり一社報じれば全部報じる。橋尾さんのことがいい例ですよね。
「放射能を付けちゃうぞ。」今となっては放射能も付けちゃうぞも、一言も言ってなかったことが判ってます。
だけどあの時フジテレビが報じて、みな、あ、フジテレビが報じた!といって共同通信が打つんですね。
共同が報じた、じゃ、間違いない!って確認もしないで書いちゃって全くのデマを報じたんですよ。

今は訂正してないんで、皆さん、殆ど信じてますよね。あの人はそういう風に言ったんだと信じてるんですね。
言ってないんですね。

そういうことが平気で行われています。

風評被害って言いますよね。あれも風評じゃないですよね?
放射能の実害が全部あるわけだから。
風評って言うのは、全く無いことをいかにもあたかもあるようにしてデマを広げることなのに、それを未だにメディアは未だに風評風評って言ってんですけど、

どの国でもこれは風評ではなく実害ですと。

こういうようなことを日本のメディアはチェックする機能が無かったというだけならまだしも、

政府とか東京電力の誤情報に率先して加担してしまって、
そして間違えた情報を日本中に流して、それを信じた福島初め東日本の多くの方々と被曝させ、さらには従業員、今既に3名亡くなっていますが、東京電力の関連会社。

普通、そういう風に死者が出た場合は、やはりこれはおかしいぞと、組織として管理責任があるんじゃないかと、

2014年9月9日火曜日

1~3号機の炉の中には、放射性物質が、セシウム換算で広島原爆約8,000発分残っており、また、これから核分裂して広島原爆約8,000発分の放射性物質を生成し得る核燃料が溶け落ちています

熊本大学名誉教授入口先生のFacebookから


1~3号機の炉の中には、放射性物質が、セシウム換算で広島原爆約8,000発分残っており、また、これから核分裂して広島原爆約8,000発分の放射性物質を生成し得る核燃料が溶け落ちています。

火山の脅威と原発から放出され得る放射能

 福島1~3号機からこれまで環境に放出された放射能の量(セシウム137換算で広島原爆168発分)は、1~3号機の原子炉と建屋を含む全体(4号機を除く)の放射能の1~2%でした。
 1~3号機の炉の中には、放射性物質が、セシウム換算で広島原爆約8,000発分残っており、また、これから核分裂して広島原爆約8,000発分の放射性物質を生成し得る核燃料が溶け落ちています。
 またそれぞれの建屋の3階プールには使用済み核燃料1,573体が取り出されないままになっており、これらをすべて合計すると、これから100万年かけて環境に放出され得る放射能の総量は広島原爆約30,000発分 (セシウム137で2.7☓10の18乗ベクレル) となりそうです。
 特に川内原発に対しては、姶良カルデラ(桜島)から5百℃以上の高温の火砕流(火山弾)が4分以内の短時間で到達し得る(過去に到達した)ので、それだけでも過酷事故から逃げられず、
その場合に現実的な避難区域としては250キロメートルでなく(←福島原発から250kmは避難区域だったわけですね)九州から首都圏東京・東北に及ぶ広い範囲となる(年100ミリシーベルトを超える)だろうと私は想定しています。     
      食品(肉や魚やお米や野菜)をどれだけ食べてよいか
 
 セシウム137やストロンチウム90を食べると、よく吸収されて長く体内にとどまります。
    
 たとえばストロンチウム90を、私が仮に1日に100ベクレル食べて吸収されると、1日目は100ベクレル、2日目は200ベクレル、3日目は300ベクレル、...と私の体内に(被ばくしながら)蓄積されます。
 遅くとも1年で合計24,000ベクレルが体内に蓄積されます。この24,000ベクレルによる「内部被ばく」は「年1ミリシーベルト」に相当します。
 以後そのまま1日100ベクレルを何年も食べ続けると、いずれ「年10~20ミリシーベルト」を超える「内部被ばく」となるでしょう。

 さらに厄介なことは、セシウム137は心筋などに集中的に蓄積され、その結果心筋などは濃縮された状態で被ばくします。(体内に「生物学的
ホットスポット」ができる。)また、ストロンチウム90は骨格筋などに集中的に蓄積され、その結果骨髄などの造血組織等は濃縮された状態で被ばくします。
 なので、「内部被ばく」では、前記した放射性生成物24,000ベクレルによる体内の「平均」の換算被ばく量がたとえ年1ミリシーベルトでも、臓器によっては少なくともその数倍から数十倍の放射線傷害が起こり得ます。

 現在日本で流通している一般食品(肉や魚やお米や野菜)の政府基準は、セシウム137で1キロあたり100ベクレルです。ストロンチウム90は規制されていません。

 セシウム137の生物学的半減期は約70日ですが、それでも私が仮に1日に100ベクレルを食べ続けると1年余りで、体内平均の換算被ばく量だけで約「年1ミリシーベルト」に近い「内部被ばく」となります。
 また、セシウム137による「生物学的障害」の半減期は70日でなく、わずか100ベクレルでも細胞が被った「傷害」は残って一生涯蓄積されます。
 一方、ストロンチウム90は、生物学的半減期が約50年、傷害は一生涯です。

 
最初から封殺すべき「風評」とされている

現在日本政府(文部科学省)は、図のミドリ線で表されるように「年100ミリシーベルトまでは障害がない」と見なす「しきい値説」をとっています。ただし、年20ミリシーベルトを超えて居住させてはいませんが。

 日本政府のこの「しきい値説」に立つ限り、地域で子どもたちの「甲状腺がん」がこれからたとえ何百人出ようとも、また「鼻血」の漫画がどのような形で公表されようとも、最初から封殺すべき「風評」でしかないことになっています。
 これが現在起きていることです。
 以上のことについて以下もう少し詳しく申し述べます。
   
 国際放射線防護委員会(ICRP)は、1928年に設立された、英国のNPO法人格をもつ国際的な学術組織です(本部オタワ)。ICRPに対して国際原子力機関 (IAEA)・世界保健機関 (WHO)などが資金的に助成しています。
 ICRPは「科学的な権威」 と「原子力推進のための政治的提言」 という侮れない「二面性」を持っています。
 
 ICRPは、放射能被ばくの影響について、図の赤線で表されるように、被ばく線量と影響の間にはしきい値がなく直線的な関係が成り立つという「直線説」をとっています(科学的反証に乏しいから)。
 また、ICRPは「年100ミリシーベルトの被ばくによって1年後に182人に1人が発がんする」としています。ただし、この数値に対して科学的には批判が多いようです(原子力を推進するための政治的数値なのでしょう)。
 一方、J.ゴフマン教授(カリフォルニア大学バークレー校)は、1983年に科学的データに基づいてICRPよりも数倍高い値として「年1ミリシーベルトでも1年後に大人の2,560に1人が発がんする」と報告しました(0歳児は大人の約4倍)。 J.W. Gofman et al. ,“Radiation and Human Health.” Plastic and Reconstructive Surgery 72: 262-264, 1983
 
 ICRPは1985年に被ばく基準について勧告(パリ声明)を出し、「年1ミリシーベルト以下。ただし、生涯平均1ミリシーベルト以下であれば年5ミリシーベルトまでを数年間継続してよい」としました。
 その科学的な根拠は、広島・長崎で40年を経て年1ミリシーベルト相当の被ばくでも明らかな「原爆症状」が確認されることでした。また、ICRPの多くの委員が前記(マンハッタン計画時代からの専門家である)J.ゴフマン教授を尊敬しており、また自分たちや家族が年1ミリシーベルトを超える地域に住みたくなかったのでしょう。  

 2007年にICRPは(チェルノブイリから20年を経て)新たな勧告を出し、「災害直後に年20超~100ミリシーベルト。復旧時に年1~20ミリシーベルト。平常時は年1ミリシーベルト未満」としました。
 ICRPは、2011年東日本大震災後に日本政府に対して提言し、「災害直後は年20超~100ミリシーベルト。住民が住み続けるには年20ミリシーベルト以下。また、長期的には年1ミリシーベルト未満」としました。
 ICRPからのこの提言を受けて日本政府は、次の2点を独自に読み取ったものと推定されます。
(1)年100ミリシーベルトまでの被ばくで放射線障害を起こしても、その因果関係を科学的・医学的に証明することはICRPでさえできていない(政治的提案をして来たのだから)

まして被害者である地域住民が因果関係を科学的・医学的に直接証明することは困難に過ぎる(政治的に封殺できる)
(2)かといって、年20ミリシーベルトを超えて居住させることまではできない。
 

 日本政府・東電に対して地域住民が補償を求めるには自らの放射線障害について因果関係を自らが証明しなければなりません。それは、日本政府・東電の狙い通り、困難に過ぎるでしょう。一方、ICRPは前記「直線説」を取っているので、日本政府の「年100ミリシーベルトしきい値説」にも科学的にはそれなりに「脆弱性」はありそうです。




つまりは、わが子は自分で守るしかない。


という結論。


これが現実なら・・。

昨年1年間の、我が社の感染症関連の医薬品売り上げ達成率順位 1位、仙台支店(東北6県) 2位、東京第二支店(茨城、栃木、群馬、埼玉) 3位、東京第一支店(東京、千葉) 4位、横浜支店(神奈川)
http://ameblo.jp/kaito000777/entry-11464436591.html

2014年9月2日火曜日

家族へ

2014年9月1日 東京新聞
◆「吉田調書」全容判明
◆「東日本壊滅イメージ」
◆2号機危機時 死も意識
 東京電力福島第一原発事故をめぐり、政府の事故調査・検証委員会が現場の指揮を執った吉田昌郎元所長=昨年7月死去=から当時の状況を聞いた「聴取結果書(吉田調書)」の全容が30日、判明した。
 共同通信が入手した調書で吉田氏は、2号機の原子炉水位が低下し危機的状況となった事故発生4日目の2011年3月14日夜を思い起こし「われわれのイメージは東日本壊滅。本当に死んだと思った」と述べるなど、過酷な状況下の心情を吐露している。
 吉田氏の証言は他の聴取対象者の証言とともに政府事故調が12年7月にまとめた最終報告書に反映された。政府は近く、吉田氏の調書を公開する。
 11年3月15日に東電が第一原発から「全面撤退」すると政府が解釈したことには「逃げていないではないか」と怒りをあらわにし、現場の状況を理解しなかった首相官邸や東電本店に対しての不満も口にしている。3号機の爆発で一時、多くの行方不明者が出たことについては「40何人不明という話で、その時死のうと思った。本当に亡くなっているなら、腹切ろうと思った」と語り、作業員の安全を強く意識していたこともうかがわせた。事故初期段階に、1号機原子炉を冷却する非常用復水器(IC)を当直員が停止させた。機器や圧力容器の損傷を防ぐためだったが、吉田氏には情報が伝わらず「確認すべきだった。猛烈に反省している」と述べている。
 吉田氏の調書はA4判で約400㌻。吉田氏は生前、「記憶の薄れ、混同で事実を誤認している部分もあると思う。内容の全てが事実であったかのように独り歩きしないか危惧している」として非公開を望んでいた。しかし政府は、調書の内容を複数の報道機関が報じ「このまま非公開とすることは、かえって本人の意思に反する」と公開を決めた。
<メモ>
 政府の事故調査・検証委員会
 東京電力福島第一原発事故で政府が2011年6月に設置した第三者機関。畑村洋太郎東京大名誉教授を委員長に、研究者や法曹関係者ら計10人で構成。技術顧問のほか、社会システム、事故原因、被害拡大防止対策のチームごとに調査に当たった。検察庁や国土交通省など各省庁からの出向者が事務局を務めた。菅直人元首相ら事故当時の閣僚や東電幹部など関係者計772人を約1500時間にわたり非公開で聴取。12年7月に最終報告書をまとめた。

福島第一原発事故当初の経過(肩書きは当時)

2011年3月
11日
14時46分▼東日本大震災発生。東京電力福島第一原発で運転中の1~3号機が自動停止。外部電源の供給停止
15時27分▼津波の第1波が第一原発に到達
15時35分▼津波の第2波が到達。その後1~5号機で全交流電源喪失
15時42分▼東電が国に原子力災害対策特別措置法10条(全電源喪失)通報
16時45分▼東電が原災法15条(冷却機能喪失)通報
19時 3分▼菅直人首相が原子力緊急事態宣言
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12日
 4時ころ ▼1号機原子炉に消防車で真水注入
 6時15分▼菅首相が第一原発視察のためヘリコプターで官邸出発
 6時50分▼毎江田万里経済産業相が東電に格納容器から蒸気を放出するベント実施を命令
 7時11分▼菅首相が第一原発到着
 8時 4分▼菅首相が第一原発を出る
 9時 4分▼ 1号機でベンド作業開始
15時36分▼ 1号機で水素爆発
19時 4分▼ 1号機原子炉に海水注入開始
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13日
 9時20分▼3号機でベンド実施
 9時25分▼3号機原子炉に注水開始
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14日
11時 1分▼3号機で水素爆発
     夜▼2号機格納容器の圧力が異常上昇。清水正孝社長が第一原発からの退避を電話で政府側に申し出
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15日
5時35分頃▼菅首相が東電本店で「撤退はあり得ない」と迫る。政府・東電の統合対策本部設置
6時14分頃▼2号機圧力抑制室の圧力計の数値がゼロに。4号機で水素爆発。一部人員を残して第二原発への退避決定
 6時33分▼吉田昌郎所長がテレビ会議で「必要な人間は班長が指名」と発言。退避始まる
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2014年9月1日 東京新聞