2012年12月14日金曜日

私には佐藤さんが請願書を前橋市に提出するまで成し遂げて下さるかどうかは、私個人はもう解りません。

私が、今回、高崎市へ提出する請願書について、前橋市の佐藤さんとは別行動にすることに決めたと告知した後、特に私の縁故関係で、今回の署名集めにご協力頂いた方々から、「前橋市に提出する分の署名は、前橋市の佐藤さん宛てに送りましたが、佐藤さんはきちんと請願書を提出してくれるのでしょうか
」と言うメールや電話をいくつか頂いています。

なので、ここに経緯を説明します。

正直申し上げて、私には佐藤さんが請願書を前橋市に提出するまで成し遂げて下さるかどうかは、私個人はもうさっぱり解りません。


私が今回、高崎市へ提出しようとしている請願書を、初めに発起なさったのは前橋市の佐藤さんでした。

高崎市の江木町に7万bq/kgの黒い物質がAERAに掲載されたことがきっかけでした。


私は佐藤さんから請願書を発起されたときに、私はすでに疲れ切ってました。なので一度は私はお断りもしたんです。


ですが、佐藤さんの、「小見さんが事故後の5月から独りで歩み始めた時よりは、時間も経って、周りの意識も変わってきているかもしれないし、今後はもっと多くの人たちに呼びかけて頑張って行けば、きっと変えられる。小見さん、頑張ろう。僕は裏切りませんから。支えますから、諦めないで」と、背中を押されて、これを信頼して、今まで頑張ってきました。

だけど、佐藤さんは夏は暑いから、署名集めは涼しくなったら始めましょうとか言いながら、結局、ここまで引き延ばしてきてしまいました。


私も間に、沖縄と高崎と行ったり来たりしていましたから、(自分の体調は去年の夏からすでにおかしかったので、年末には体調不調がピークに至り今年の2月には単身で沖縄に引っ越した経緯があります)そのまま、秋にまで引き延ばしになってしまった経緯も、勿論あります。

しかし、10月になって、佐藤さんはいよいよ、ご自身の体調が悪くなって、焦り始めました。
キャベツの上にエア棒Sを乗せたり、ご自身の衣服にエア棒Sを乗せて写真を送ってきたり、若いお母さん所有の1lb-200でご自身の家の水道や井戸水を測ったらセシウムが出たと連絡が来ました。
私は木下さんの相談しました。
そして、水についてはきちんとした検査機関で高価な精密な機械で計測したほうがいいですとアドバイスを頂きました。
私個人がそういっても聞く耳を持っていただけないので、あえて木下さんのアドバイスを佐藤さんに知らせました。

そのへんから、私は佐藤さんのスタンスや放射能に対する理解力、請願書に対する覚悟が私には理解できなくなりました。
何度も、スタンスについては話し合いました。
解ってますと言いながら佐藤さんは解ってなかったと思います。
このスタンスの違いは埋めようがありませんでした。

理解しあえない奥様とや親御さんとの間の愚痴を延々と聞かされても一歩も前には進めるとは思えませんでした。

三宅雪子さんが高崎四区から千葉野田市へ移動した時にも、最後の高崎での報告会の日も、千葉県まで三宅さんの手伝いを市に行かないとならないから、ミーティングは来週にしようとか、、請願書は選挙が終わってからにしようとか、どんどん引き延ばそうとなさってました。

私がしたいことは、選挙運動ではありません、あくまでもわたしがしたいことは「子供たちの命を早急に被ばくから守るための高崎市での行政への働きかけ」です。
散々やりとりがあったあと、三宅さんの報告会の後に前橋で数人の同志と集まりを設けました。それはあくまでも「請願書の署名集めのためのミーティング」でした。そこには桐生市民の方々や安中や伊勢崎市民の方々も駆けつけてくださいました。
そこで、なんとか年末提出に向けて頑張りましょうと話し合ったんです。

私自身の放射能防御に対する立ち位置やスタンスは、木下さんの講演会を群馬県の玉村で個人主催した時から変わってません。

去年の9月の土壌調査の結果、100bq/kg以上が出た放射能汚染地で、事故前と変わらず、もっと高線量の山側へ子供たちを校外学習に連れ出す教育委員会のやり方や、やっと放射能検査を始めたと言っても、セシウムが検出された白菜の検査データを桐生市のように「隠ぺいして」給食に出し、子供たちの口に入れるような群馬県の行政の在り方の中、我が孫たちをそんな危険な場所にはおいておけません。

ですから、私は個人としては、食べ物を測ったり、水を測ったりしながら、マスクをしながら、こんなことを一生しながらの子育てを放射能汚染地域でできるとはどうしても思えないのです。

いいですか?土壌の放射性物質は既に濃縮が始まって数万数十万ベクレルになってる場所があちこちにあるんです。
その上群馬県は桐生市は既に瓦礫を燃やしはじまってます。
さらに前橋も燃やし始めます。
イギリスの科学者バズビー博士の検査では、東京の車のエアコンのフィルターからウランが検出されてしまいました。
子供たちは食べ物の上に呼気で被曝させられないという補償はありません。誰が大丈夫と言えますか?

間に合わないでしょ?子供たちの命が間に合わない。

いつまでも、マクドナルドやわけのわからない居酒屋に集まって、訳の分からない食材出てきたものを食べながら、延々と愚痴のこぼし合いをしているサークル活動をやりたい佐藤さんのやり方には付いていけませんでした。
独身の私が、妻帯者の家庭の問題の愚痴を延々と個人的に聞き続けて何の意味があるでしょう?

これは佐藤さんに対する個人批判ではありません。敢えて書いてます。

放射能から子供たちの命を真剣に守る市民活動には、
このような「他人に対する依存」「逃げるのか逃げないのか、この点においての優柔不断」これは命取りになります。

配偶者と意見が合わなくて、離婚のリの字が出てる人たちは沢山いらっしゃるかもしれません。
そこでこの、放射能を接点にして、結婚している人たちが、不倫に走ったりすることは危険です。
若いお母さんお父さんたちだったら結果、我が子の心を傷つけることになりかねません。

浮ついた心で目をハートになんかしてる場合じゃないんですよ。


そして、「自分と立ち位置が違う相手を部活の乗りで、自分と同じような乗りの人とつるんで、無理やり合わさせようとする。」「それは相手の人格否定にまで及ぶ」「本人が居ないところで中傷をする」

未熟な子供の学校の苛めですか、これは?


こんなありかたで繋がって行っても、私は成功するとは思えません。

何度も書いてるでしょ?

私の人生に何ら関係のない人たちから中傷されようが、私の人生にはなんら関係ありません。

私が苦手なら近づかないでください。

近づいてきて、情報やヨウ素剤を引き出した挙句に、四の五の言わないでください。狡いです。

人間は弱い生き物です。だから愚痴をこぼしてい時もあるでしょう。
逃げ出したいときもあるでしょう。
だけど、「真に繋がりたかったら」、誤魔化しやまやかしはだめです、放射能には通用しません。足元をすくわれます。

本当に悪いと思ったら、顔を見て謝罪したら、あたしだって鬼じゃないです。話も聞きました。

それを、事実上10日以上も仲間だという我々に理由も言わずに肝心な時期に10日以上も署名集めを丸投げしたうえ自己弁護に終始し、私を個人批判したり、あるお母さんは、自分の人生の選択が私と違う理由で、外で行き会ってもろくに挨拶もできない。子供以下です。


実質上、彼は署名集めを横に置いて群馬県に不在だった後、群馬県にお戻りになってから、彼が一週間で集めた署名は20筆とメールが来てます。週末までに30筆と。

年内に提出する運びで動いていたのに、こういう有様でした。(これは他の同志の皆さんともミーティングで確認済みです)ここに、みなさんに正確にご理解いただくために、経緯を記します。

そういうわけで、前橋の請願書につきましてはこの後、前橋の請願書代表者の佐藤さんがどうなさるのか、さっぱりわかりません。

なので、今後佐藤さんへ署名を送る皆さんは、しっかり佐藤さんご本人とご連絡をきっちり取ったうえで、ご署名は送って下さい。私にはあずかりしれません。ごめんなさいね、私には佐藤さんの今後の行動に責任を持てません。
大人ですから、個々人の対応を宜しくお願いします。


念のため、経緯としては、去年の秋にはJC前橋による談合アンケート「安心な瓦礫アンケート」に、私は多くの方に呼びかけてあのアンケートにご協力して頂き、反対意見を送ったにも関わらず、まるで反対意見が無かったかのようなアンケート集計を出されたことに反発して、JC前橋の理事長さんたちに面談を申込み、数人の市民と桐生市元庭山市議さんと私がお願いした東京新聞の記者さんとともに二回にわたってJC前橋の理事長さんたちと面談しました。そのことは2回にわたって東京新聞に小さく記事にもなりました。JC前橋の理事長さんたちも家に帰れば父親です。
目を真っ赤にして、あのアンケート集計に反対意見をきちんと反映しなかったことを認めて私がアポイントもなしにいきなり連れて行った東京新聞の記者さんの取材も誠実に受けてくださいました。

この時点で私はJC前橋の理事長さんたちとの面談があった前橋市の商工会議所からの帰り道、面談後お茶を飲んだ後、車の中で紙袋を口に当てて、食べたものを全て戻しながら帰るほど体調が悪かったです。次の日には病院で点滴を受けてました。

その後も、あの時一緒にご尽力いただいた、桐生市の庭山元市議と行動を共にして、最期は、庭山さんを支援する会を立ち上げようということになり、会員募集のために立ち上げたのがあの、「放射能防御プロジェクト群馬」のブログでした。

ところが、理由合って、支援する会は頓挫しました。

その後、そのブログをそのまま生かして、放射能防御のための情報を、(ツイッターでは情報が流れて行ってしまうので)ブログに保存して、放射性物質のリスクに気が付いていない人たちのためにも、書き続けていきましょうと言うことになりました。

ところが、今になってこんな有様です。

市民運動は難しいなと思いました。

それから、多々感じることですが、市民運動はデートクラブでも自己満足のためのサークル活動でもありません。ましてや、今までの自分の満ち足りない人生の憂さ晴らしの場所でもありません。
子供たちの遺伝子と命をなんとか守りたいからこうしているんですからね。
そりゃぁ、たまには息抜きは大切です。
だけど、真剣な市民運動を糞みそ一緒に履き違えたらやってる意味を見失いますよ。
私は友達と一緒にご飯を食べたりお酒を頂いたりは決して嫌いではありません。
だけど、尊敬できない相手とはあまりご一緒したくない。「仲間」などという言葉でまやかすことは大嫌いです。

私が真の意味で「繋がりたい」仲間は、こういう方々です。

泣き言ばかり言ってないで、自分の体調が悪かろうが、組織で孤立しようが、自分の志を見失わない人たちです。

http://megsinginglalala.blogspot.jp/2012/12/100.html

人だけ集めました、でも、肝心なところで号令かけたご本人が煙みたいに居なくなったり、これでは何も始まりません。

人間口で言うのは簡単なんです。そういう男性は311以降実に多かったです。

男だから社会的に難しいんだと言い訳なさってましたが、だったら、木下さんや、今回、大阪で不当な逮捕をされた、大学の准教授の下地先生は一体どうなりますか?

http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/fe3caf54fa54dabe6aa23a2f027da16b


大切なのは「覚悟」だと思います。




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